『アナと雪の女王』の感想 〜 それは現代アメリカの、新たな民話 〜
求められる人物像と、自己
『アナと雪の女王』を観た。一つ思ったことは、高畑勲『かぐや姫の物語』と、部分的にモチーフが重なっているということだ。大まかに言うと、ある登場人物に関する、他人(大衆)から求められる人物像と、自己との齟齬の問題である。 ただし両作品では、その齟齬の表され方が異なる。『かぐや姫の物語』ではそれが姫の内面の葛藤を通じて描かれる。
一方『アナと雪の女王』では、外形的な関係性の衝突として構造的に提示される。その構造の中で、アナやエルサ、その他の登場人物は、自らの内面を細やかに表現するのではなく、むしろ振り分けられた役割を深く、熱っぽく演じる。
つまり、『アナと雪の女王』における齟齬は心の内にあるのではなく(或いは、心の内にあったとしても)、あくまで関係性の問題として描かれている。それ故に、キャラクター間の関係性が回転した際、彼等の態度ががらりと変化しても、そこにあって然るべき矛盾や戸惑い、あるいは疑いは作品中に差し挟まれない。
キャラクター達はむしろ、何の留保もなく新たな役割を、熱心に演じ始めるのだ。
物語と、民話
また他に、高畑勲が『かぐや姫の物語』公開直後の講演会(2013年12月7日@札幌プラザ2.5)において「民話と物語の差異は、心が描かれているか否かで、心が描かれることで物語となる」といった趣旨のことを述べられていたが、『アナと雪の女王』と云う作品に触れ、その点についても考えさせられた。 この民話と物語という視点から見ると、上に書いたように『かぐや姫の物語』はかぐや姫の「内面の葛藤」つまり「心」を描いた物語であるのに対し、『アナと雪の女王』はそうではない。むしろこの作品には、教訓や、キリスト教的な価値観による理想が、キャラクターの「心」に比して強く織り込まれており、物語と云うよりも、民話と定める方が適当だ。
勿論『アナと雪の女王』にも、部分的には、高畑の言うような「心」が表現される場面もある。しかしそれを以って物語と言うには、幾分物足りない。
すなわち『アナと雪の女王』は、現代アメリカが生み出した民話なのだ。
現代アメリカの民話
物語ではなく民話であるということで、作品が品下がるということは当然に無く、それよりも現代において民話を可能にしている社会構造や価値観が、アメリカには尚存在している点に意味を見出したい。たとえば宮﨑駿『風立ちぬ』は感情を描くには些か散漫で、教訓を語るにはやや迂遠だった。オスカーの結果は必然に思える(※1)。
『アナと雪の女王』を現代アメリカが生み出した民話と書いたが、その民話がエンターテイメントとして成立するのは伸びやかな喜怒哀楽の表現(つまり熱っぽい演技)があればこそだ。好きなものを好きと、悲しいことを悲しいと躊躇いなく役割として言い得るからこそ、より娯楽性が強まる。
ことエンターテイメントについて言えば、物語よりも民話の方が喜怒哀楽がストレートな分、作品として成立し易いのかもしれない。
アメリカ映画の伝統の上に
また『アナと雪の女王』が採用した、ミュージカルという形式は喜怒哀楽を率直に表す手段として優れており、作品の娯楽性を強化している。このことは同時に、『アナと雪の女王』という現代アメリカ民話が、エンターテイメント映画の正当な後継者を志したことを意味している(※2)。そしてその試みは成功したと言える。
これまで『アナと雪の女王』と『かぐや姫の物語』とを比較したが、それは勿論考えを分かり易くするための情報操作であり、比較自体に意味は無い。
しかし改めて両者を並べて考えると、『かぐや姫の物語』のような「心」を描く物語がアメリカから生まれる余地は十分にあるだろうが、『アナと雪の女王』のような現代の民話が、日本映画界から登場する可能性は、果たしてあり得るかという疑問が浮かぶ。ただ、その疑問は今回の主題ではないので、提示するだけに留めておく。
民話とは言いながら『アナと雪の女王』の映像美は最先端の表現だ。一方、そこで語られる教訓や、人を惹きつける娯楽性はどれも、アメリカエンターテイメント史の礎の上に築かれた、云わば伝統だ。
主題歌『Let it go』のヒットもあり作品の現代性ばかりが注目されがちだが、むしろ『アナと雪の女王』は、伝統あるアメリカ映画の、魅力と靭やかさを存分に表した作品なのだ。
< 註 >
※1:強いて単純化すると、堀越二郎は菜穂子に対しては「心」の受け手であり、カプローニに対しては教訓の受け手である為に、そう考える。
※2:近年ヒットしたドラマ『GREE』や、2012年アカデミー作品賞映画『アーティスト』は、日本ではアメリカ娯楽史の新たな動きのように受容された節があったが、それらはあくまでアメリカ娯楽史の本流にある。
- アーティスト: V.A.
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