ナイフとフォークで作るブログ

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『たまこラブストーリー』感想 ①  〜 二人だけのものではない、恋物語 〜

たまこラブストーリー』への期待

 『たまこラブストーリー』というタイトルを聞いたとき、嬉しく感じた。
 北白川たまこというキャラクターを、もっと知りたいと思っていたからだ。朗らかで靭やかでいて、しかし自らの心情をなかなか口に出せないでいる彼女の声を、もっと聞きたいと思っていたからだ。


 ラブストーリーというなら、たまこの心のうちについて語られないはずがない。ラブストーリーというなら、たまこが誰かに想いを寄せる姿が描かれないはずがない。それはきっと、初心で未熟な彼女にとってはとても恥ずかしい姿のはずで、けれど一観客としてはやはり、その姿を見たいと思う。
 『たまこまーけっと』放送中からずっと見たいと思っていた、未知の感情にたじろぎ、怯み、でもきっとそれを受け留められる北白川たまこの姿を『たまこラブストーリー』というタイトルに期待したのだ。

たまこまーけっと』での、たまこ

 『たまこまーけっと』での北白川たまこは、主人公でありながら受け身な役回りを担わされることが多かった。
 母を喪った北白川家の中でのたまこ、餅屋「たまや」の娘であるたまこ、あんこの姉であるたまこ、うさぎ山商店街に暮らすたまこ、仲の良い同級生と遊び学ぶたまこ、バトン部員としてのたまこ、もち蔵の幼なじみであるたまこ、そして南の国の后候補としてのたまこ。
 関係性が多すぎた。その関係性ごとに起きる出来事に引っぱり出されるうちに、たまこは自分の気持ちを語る機会を失っていった。ただそれでも尚、明るく、純粋で、優しい彼女のキャラクターは伝わってきたし、彼女なりの悩みや考えがあること、それを上手く言葉にできずにいることを感じられた。

たまこと、もち蔵

 たまこを取り巻く多くの関係性の中で、一番興味があったのがもち蔵とのそれだ。いかにも男女関係に疎そうな彼女が、どのように女性としての自分を意識することになるのか気になっていた。幼いころに母を亡くした彼女は、身近に女性としての道を案内してくれる存在が居ない。しかしラブストーリーというからには、そんな彼女も女性としての一歩を踏み出すはずだ。


 予告編ですでに公開されたしまったように、もち蔵はたまこに告白する。
 『たまこラブストーリー』は『もち蔵ラブストーリー』でもある。
 『たまこまーけっと』でのたまこは様々な関係性に導かれて、様々な体験をしていた。その陰には多くの場合もち蔵が付いてまわっていた。もち蔵は、たまこと同じく餅屋の子供で、幼なじみ、同い年の高校生で、お向かいさん。これだけの紐付けをされながら、たまことの糸電話を通じた二人だけの世界を持ちながら、なんだか影の薄い恋人候補のまま最終回を迎えてしまった。そんなもち蔵が正直不憫でならなかった。

みどりのこと

 『たまこまーけっと』のなかで、最も敏感にもち蔵の気持ちに気付いていたのは、みどりだろう。みどりも、たまこが好きだった。彼女にとってもち蔵は恋敵で、彼女はもち蔵の恋の道を邪魔しようとする。けれど、可笑しな言い方になるが、みどりはもち蔵にとっての一番の応援者だったのかもしれない。


 「でも、見てるだけだね」。その先にある言葉を想像することは簡単で、難しい。「見てるだけ」なのは本当は、みどりも同じなのだから。この言葉はもち蔵に対する批難であり、羨望であり、同時に肯定だったのだと思う。だからこそ、みどりはもち蔵の応援者だと言えるのだ。
 『たまこラブストーリー』の中での、みどりの役割はとても大きく、少し切ない。彼女の胸の内ある決定的な言葉を、もち蔵に託すより他にやり様が無かったのだから。

開かれた恋物語

 そして、もち蔵はたまこに告白する。その決定的な言葉に、少女たまこがどう応えるかという物語が『たまこラブストーリー』だ。
 「恋を知って、一人の少女は大人になる」。『たまこラブストーリー』ロングPV(※)中に、この言葉が流れる。もち蔵の告白に、心を揺らすたまこ(少女)が大人(女性)への階段をのぼり始める瞬間を描いた映画。
 たまこはすでに、女性としての最も近しい導き手である母を亡くしている。それでも彼女は一人ではなかった。たまこだけでなく、もち蔵も、周囲の優しさに支えられて、二人の距離を変えていく。
 『たまこラブストーリー』は、たまこともち蔵の恋物語だが、二人だけの閉じた世界の話ではない。もっと開かれ、祝福されたお伽噺のような恋物語だ。


 たまこともち蔵、二人のラブストーリーだけれど、それを二人だけの物語に終わらせることなく表現した『たまこラブストーリー』は、とても素敵な映画だった。



※『たまこラブストーリー』ロングPV

『たまこラブストーリー』ロングPV - YouTube