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ナイフとフォークで作るブログ

小説とアニメ、ときどき将棋とスポーツと何か。


漫画『陽のあたる家 〜生活保護に支えられて〜』を読んだ感想。 〜 生活保護を考える入り口として 〜

小説・文学 時事問題

 さいきまこ『陽のあたる家 〜生活保護に支えられて〜』(秋田書店/2013年)は、なるべく多くの人に読まれて欲しい作品だ。


 生活保護についての理解がなかなか広まらない現状が有る。それはやはり不幸な事態だ。
 人が生活していれば、ときには思いがけない出来事によって、生活するに足る収入を得られない事態に陥る。そういった際に、生活保護がセイフティーネットとなり、文字通り生活を保護してくれる。そのあたりのことがうまく世間に伝わらない。


 例えば、病気や怪我で病院を利用すると、健康保険から医療費の補助が受けられる。この補助は健康な人であれば受ける機会はないのだが、それについて反発する人はそう居ないだろう。それはつまり、自分も健康を崩せば通院し補助を受けられるという理解があるからだ。
 生活保護もそれと同じである。「健康を崩す」が「生活するに足る収入を得られなくなる」に置き換わるだけだ。ただ、健康を崩すことに比べて、生活が壊れることは身近ではない(あるいは身近にあっても表に出にくい)ために、理解が広まらないのだろう。


 何かを理解するためには、それを自ら経験することが近道だと思うが、一時的な生活保護体験というのはまずあり得ない。それならば次の方法として経験した人の話を聞くということが考えられるが、これも表立って生活保護の受給を語る人は少ないので難しい。
 そこで浮かび上がるのが、創作作品の力だ。『陽のあたる家 ~生活保護に支えられて~』は現実そのままの物語ではないが、現実に起こり得る物語を描いている。その作品に触れ、生活保護を受給するという状況を疑似体験することは、その実態を理解する上で有効だ。


 もちろん、不正受給や行政による恣意的な運用の問題等々、生活保護制度は完璧ではない。しかし、それなくして生活を維持できない人や、生活を回復できなかった人が居ることも事実である。
 ただ批判することや、無関心で居ることは簡単だ。だが、生活保護制度は思いのほか日常近くに存在している。それに対し、自分には関係ないと理解を拒むばかりでよいとは思えない。
 もし生活保護について知りたいと感じた時に、その入り口として『陽のあたる家 ~生活保護に支えられて~』はうってつけだ。漫画の親しみ易さもありながら、生活保護に対し真摯に向き合う内容から学ぶことは多い。こういった作品が存在する意義はとても深い。

陽のあたる家~生活保護に支えられて~ (書籍扱いコミックス)

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