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ナイフとフォークで作るブログ

小説とアニメ、ときどき将棋とスポーツと何か。


山野井泰史『垂直の記憶』を読んで。 〜 人間の強さ 〜

フィジカルな文章

 山野井泰史『垂直の記憶』を読みおえた。非常に面白かった。
 毎年読んだ本をランキングしていのだけれど、今年の一番は間違いなく『垂直の記憶』だ。(ちなみにこれまでの一番は北村薫太宰治の辞書』だった。)
 十代の頃に植村直己の冒険記や野田知佑のカヌーエッセイを好んで読んでいた。最近はそういった作品からは離れていたけれど。自分が冒険記のようなフィジカルな文章作品が好きであることを再確認した。今後、他の登山記、冒険記を読みたいと強く感じる。


「生還」

 『垂直の記憶』は七つの山の記録で構成されている。なかでも第七章「生還」が最も印象深い。
 ギャチュン・カン北壁を舞台にしたその章は、下山後の静かな病室の場面から始まり、時間を戻してスリリングで重苦しい登頂を描き、やがて、自然の猛威に圧倒され続ける下山の文章へと進む。
 筆者が高度、寒さ、風雪という厳しい自然に、身体をしたたかに傷めつけられながら、只々やらなければならないことを一つひとつ積み重ねていく描写は、生還すると分かっていながらも、やはり痛ましかった。


人間の身体の強さ

 人間が高い山に登ることは知っている。ただ、その経験のない自分にとっては、どうしても切り離された遠い話に落ち着いてしまう。しかし『垂直の記憶』を読んでいると、高い山に登ることを可能にしている人間の身体の力がダイレクトに伝わってきて、衝撃を受ける。
 たとえば人間が100Mを9秒台で走る姿を、テレビの画面を通して見ている人は多いと思う。だがもし、競技場で自分の世界と連続した視野の中に、直接に9秒台の走りを見たならば、人間の身体が発揮するパワーに圧倒され、テレビで見るのとは違う衝撃を受けるだろう。それと似た衝撃が『垂直の記憶』からは得られる。
 読んでいて、とにかく人間の身体の力強さが伝わってくるのだ。どうやら自分が認識しているよりも、人間は強いようだ。
 もちろん、活字からの想像風景を見ているので、それは虚像に過ぎないかもしれない。しかし山野井泰史の文章からは、確かに、凍った手で必死にクラックを探し、ピトンを叩き込む彼の姿が浮かび上がってくる。
 激しい自然に抗い、負けることなく山を下った彼と、彼の妻山井妙子の姿は非常に感動的だった。


『垂直の記憶』

 実際に見てはいないし、音も聞いてはいない。それでも読むことを通して人間の身体の偉大さをダイレクトに感じた。『垂直の記憶』の鋭く直截的でフィジカルな文章は、自分にとってとても大切なものとなった。読んでよかったと心から思う。
垂直の記憶 (ヤマケイ文庫)

垂直の記憶 (ヤマケイ文庫)