読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ナイフとフォークで作るブログ

小説とアニメ、ときどき将棋とスポーツと何か。


『けいおん!』シリーズ見ました!

けいおん!』1期、2期、映画と全部見ました。

少しばかり時代に乗り遅れてますかね。
いやでも、面白かったです。とっても面白かったです。
すでに見直したくなっています。いやいや、見直さざるを得ません。

でも、どのあたりが面白かったのでしょうか。ちょっと考えています。
いわゆるというか、まさに「日常系」の作品ですので魔法も戦いも、ましてや救うべき世界も登場しません。ただただ高校生活の風景があるばかりです。軽音部を舞台としているので、音楽シーンもあります。学園祭ライブの場面などは、かなりぐっときます。けれど、この音楽設定はあくまでスパイスです。もちろん極上のスパイスだったと思いますが。

では、『けいおん!』のメインディッシュは何だったのでしょうか。
それは軽音部5人による会話でした。『けいおん!』はつまり「会話劇」です。1期に比べ2期が面白いのは、この会話がより洗練されたからでしょう。ともすれば記号的コミュニュケーションに陥りそうですが、そうならないギリギリのところでの生きた会話が『けいおん!』の大きな魅力です。実際、あずにゃんが各先輩の真似をしながら部室に入るシークエンスがあったと思いますが(何話か忘れてしまいました)各キャラクターの設定はそれなりに記号化されています。しかしそのキャラクターを有機的に組み合わせて、豊かな会話劇が織りなされています。脚本のよさが、そのまま作品のよさに繋がっています。

ここでのキャラクターの記号化というのは、やみくもに噛み砕いて言うとボケとツッコミのバランスです。軽音部の5人は、それぞれボケ、ツッコミの役割をうまい具合に分担しています。箇条書きにしてみるとこんな感じです。

  • 平沢 唯:ボケ担当。ボケ倒すボケ。でもほんのごく稀に、本質をズバッと突くことを言う。
  • 秋山 澪:ツッコミ時どきボケ担当。普段はしっかりしていて唯や律にツッコんでいるけど、時どきボケる。でもそのボケが天然で強力。
  • 田井中 律:ユーティリティープレイヤー。一見すると、唯と一緒にふざけているようだけど、ボケとツッコミを上手く使い分けている。落ち着きが無いようでいて、かなり客観的存在。
  • 琴吹 紬:ボケ担当。おっとりしていて、みんなを見守っているようだけど、小ボケを所々で入れてくる。唯のボケ倒しとも、澪の天然とも違う独特のボケ。特に物語が進むにつれて、その良さが引き出されてくる。
  • 中野 梓:ツッコミ担当。天然っぽい所もあるけど、役割はあくまでツッコミ。彼女の登場で、それまでツッコミ担当だった澪の天然の部分が出やすくなった。


とまあ、かなり単純化した見方にしてしまいましたが、この5人のバランスがとてもいいのです。変に偏ったキャラ設定ではなく、ボケとツッコミの割合を絶妙に振り分けています。そのボケとツッコミを、組み合わせやタイミングを変化させながら、上手に上手に積み重ねた作品が『けいおん!』なのです。

それに加えて、会話劇『けいおん!』を魅力的な作品としている要素がもう一つあります。先ほど、1期より2期の方が面白いと書きましたが、このもう一つの要素がそれを決定的にしています。その要素とは、声優陣の掛け合いの型が完成したことです。最終回に近づくほど、5人の会話のテンポはどんどんよくなっていきます。本当に5人の自然なおしゃべりを聞いているだけで、面白いのです。5人が楽しんでいる気持ちが、そのまま見る側に伝わってきます。これは声優同士の掛け合いが、共通の型として成熟し切ったことによるでしょう。

映画まですべて見終わって、『けいおん!』の面白さの秘密を会話に見つけました。
原作には大学編もあるそうなので、3期、あるいは新作映画を見たい気持ちもあります。けれど同時に、あの2期の(特に後半の)5人の関係性から生み出された物語を超える物語を、作り得るのかという不安もあります。それくらい『けいおん!!』は完成された作品でした。大大好きです!

いやでも、もちろん新作出れば当然見るんですけどね!

けいおん! 平沢唯 文化祭Ver. (1/8スケールPVC塗装済み完成品)

けいおん! 平沢唯 文化祭Ver. (1/8スケールPVC塗装済み完成品)