ナイフとフォークで作るブログ

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森見登美彦『四畳半王国見聞録』ごく短な感想

四畳半と阿呆神への執着

 本作は「四畳半王国。それは外界の森羅万象に引けをとらない、豊穣で深遠な素晴らしい世界である」(森見登美彦『四畳半王国見聞録』新潮社/2011/p10、以下引用は同書より)や「『世界は阿呆神が支配する』芹名が呟く。意味は分からない」(p109)等々、四畳半と阿呆神への執着で煮染められた小説だ。


 その煮染められ具合は、その他の森見登美彦作品(例えば『四畳半神話大系』)よりも濃い。森見登美彦の作品世界を知らずに読めば胸焼けを起こしてしまうかもしれない。いや、森見登美彦ファンの中にさえ胸焼けしている人がいる恐れもある。そんな男汁溢れる作品である。

ふと感じる爽やかさ

 けれど、男汁溢れアクの強い本作にも、ふとしたところに爽やかな文章が挟み込まれている。

とはいえ、三浦さんの電話が切れた後、なすすべもなく膝を抱えて阿弥陀堂の軒下で雨音に耳を澄ましていると、なんとなくしみじみと嬉しい。その嬉しさを適切に表現することが彼にはできない

(p88)

今さら失われた夏の一日を取り戻そうとして慌てるのも空しい。(中略)「いったい今日という一日はなんだったんだろう。ホントになんでもない一日だったなあ」と考える

(p98)

 この二つの文章は爽やかだ。
 どれだけアクの強い作品を書いても、澄んだ心象を完全に欠落させないところに、森見登美彦作品の魅力を感じる。

四畳半王国見聞録 (新潮文庫)

四畳半王国見聞録 (新潮文庫)