岸虎次郎『オトメの帝国』感想 〜優しさのある日常系〜
『オトメの帝国』が『グランドジャンプ』から『少年ジャンプ+』に移籍し再スタートしました(2017年11月22日)。
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作品紹介には「’10年代ティーンたちの、波乱に満ちた日々を描くセキララ百合コメディ」とありますが、いささか大げさかと思います。たしかに百合の要素はあるし、コメディーもない訳ではありませんが、むしろ日常系作品に近いという印象を受けました。
クセのあるキャラも登場しますし、女子高生らしい奔放さ沢山描かれています。しかしその底には、日常系作品のような穏やかさが感じられたのです。
正直なことを言うと、読み始める前はタイトルにある「帝国」と言う言葉や、キャラクターの、ギャルとまでは行かなくとも派手な雰囲気から、スクールカーストや、おとなしいキャラへのいじり、教師に対するからかいなどがあると嫌だなと思っていました。
ですが、それらは要らぬ心配でした。
むしろ『オトメの帝国』の面白さの核には、キャラクターたちの優しさがあります。他人を傷つけようとするキャラはおらず、それぞれがそれぞれを、さり気なく尊重しています。大げさな表現を使えば、ユートピアとでも言うような優しさを醸した世界が、作品には描かれています。
ただ一部補足すると、最初の20話くらいまでは性的な話題も多く「ユートピア」などと言われてもあまりピンとこないかもしれません。けれど、その先まで読み進めていくと、キャラたちの優しさが核にあるといった作品解釈も理解できるかと思います。
具体的には海水浴が舞台となった24話で、小野田さんが飲み物を買いに行くシーンが一つのメルクマールでしょう。
また、登場人物たちの優しさの他に『オトメの帝国』の持つ魅力として、絵の綺麗さがあります。
これは一見して多くの人も認めるところではないでしょうか。個人的には122話のマスクを外したマスク先輩など、とても魅力的に感じられました。
今後『オトメの帝国』は隔週で第2・4水曜日に連載されるようです。
ひと目見た瞬間のイメージよりは、ずっと穏やかな日常系の漫画だった『オトメの帝国』は、とてもオススメな作品です。
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村上春樹『もし僕らの言葉がウィスキーであったなら』感想 〜ウィスキーと、素面の言葉〜
酒は、人に言葉を紡がせる魅力を持っている。
飲酒の情景を描いた文学作品は数多い。たとえば漢詩では、飲酒が主要なテーマの一つとなっている。また日常においても、粋な酒の飲み方や、飲酒にまつわる武勇伝を語りたがる人は少なくない。
酒は、人をして物語を見い出させしむるのだ。これはアルコールが人に与える快楽と、その裏側にある酔うことへの後ろめたさ故だろう。
一方、酒自体についての言葉も多い。たとえば、酒の銘柄や種類についてのウンチクを披露する人も少なくない。酒が土地や時代に深く根付いた産物だからである。
一つの酒があれば、どこで作られたのか、いつ作られたのかと物語が伴う。人はその物語を語りたいがるし、ときには自分の目で、肌で、舌で実際に感じたいとさえ思う。
『もし僕らの言葉がウィスキーであったなら』は村上春樹が実際に感じ、確かめたウィスキーの物語だ。そこではスコットランドとアイルランドのウィスキーについての物語が、淡々と綴られている。文章に添えられた写真は飾り気がなく、互いの魅力を引き立てあっている。
「もし僕らのことばがウィスキーであったなら、もちろん、これほど苦労することもなかったはずだ」(村上春樹『もし僕らの言葉がウィスキーであったなら』新潮文庫、2002、p12。以下、引用は同書から)と村上は書く。確かにそうかもしれない。「しかし残念ながら、僕らはことばがことばであり、ことばでしかない世界に住んでいる」(p13)。その通りだ。
さらに続く一文が印象深い。「僕らはすべてのものごとを、何かべつの素面のものに置き換えて語り、その限定性の中で生きていくしかない」(p13)。
ウィスキーを飲み交わすだけで伝えられたなら「とてもシンプルで、とても親密で、とても正確」(p12)なはずだった。けれど僕らは、ウィスキーによって、シンプルで親密で正確に感じられた世界を「何かべつの素面のもの」つまりは言葉に置き換えることなしに伝えることはできない。
酔うほどに世界は親密に思えてくるし、アルコールのもたらす高揚と後ろめたさは人を饒舌にする。
酒飲みは、世界との、すなわち他者との親密さを伝えようと言葉を紡ぐだろう。しかし言葉は素面で、伝えたいことと、伝えられることの間には決定的な隔たりがある。酒を飲む人はその隔たりを埋めようと、もちろんそれは堂々巡りなのかもしれないが、いつまでも言葉を紡ぎ続けるのだろう。
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J・P・ホーガン『星を継ぐもの』感想 〜ミステリー小説として楽しむ〜
これまでSF作品にあまり親しんでこなかったこともあり、サイエンスの要素は最低限の理解で済ませつつ読んだ。それでも『星を継ぐもの』は楽しめる作品だった。
SFのサイエンスに興味のある人や、理系の勉強をした人ならばより深く楽しめるのかもしれない。しかし僕のような知識のない人間が、その点をよく理解しながら読むと時間が掛かり過ぎる。そのため、物語の筋が分からなくならない程度の理解で済ませた。
そのようにサイエンスの部分については、作品を味わい切れたとは言えない。けれど『星を継ぐもの』はSF小説でありながら、同時にミステリー小説でもあった。だからこそ楽しめる作品だったのだ。
本作品では、月で亡骸が発見された「ルナリアン」チャーリーの正体を解明することが、終始大きなテーマとなっている。そこが本作品がミステリー小説とも捉えられる所以である。
作中、チャーリーの正体への仮説と反駁が反復される。新たな意見が披露される度に、その意見に正しさを感じる。そしてその反復の先に、作品としての解答が鮮やかに語られる。
その点を以て、本作を上質のミステリー小説と捉えることは許され得るだろう。
SF作品でありながら、サイエンスとは別にミステリーという取っ掛かりを持つことが『星を継ぐもの』の一つの魅力である。
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